はじめまして。現在、6才11ヶ月の長女と4歳2ヶ月の次女がいます。


はじめまして。現在、6才11ヶ月の長女と4歳2ヶ月の次女がいます。
まず長女が4歳2ヶ月のクリスマス直前に発症しました。やはり、カゼと診断され、抗生物質と総合感冒薬を内服していましたが、よくなるわけもなく、40℃の熱が一週間続いてやっと総合病院に生き、川崎病と診断されました。我慢強い子で、目に見える症状も軽かったとはいえ、8年間も看護婦をしていて、川崎病の子の担当もしたことがあったのに気がつかず、診断されたときは耳を疑いました。
幸いγーグロブリンの治療が始まると第一日目の夜には熱が下がり、そのまま症状も落ち着き11日間で退院することができました。
本人は、全身の痒みが一番つらかったようで何日も昼夜を問わず痒がって泣いていました。現在は、一年生ですが運動制限もなく、年に1回検診を受けています。

次女は長女より8ヶ月あとの、2歳1ヶ月で発症しました。よく、39℃前後の熱を突然出しては翌日には下がるという子だったので、夏カゼと思ったのですが、解熱剤も1時間しか効果なく、うわごとを言いながら動き回り、42から43度の熱、電子体温計が測りきれず音を立ててエラー表示を出すこともしばしば。発熱二日目には、これはおかしい、まさか・・・と思いましたが、もし川崎病だとしても症状がいくつかそろわないと診断できないから治療できないことを、長女の入院の時に聞いていたので、せめて熱が5日以上続かないと、と思って家でみていました。しかし、三日目の朝、全身の肌の色が真黄色になり,慌てて長女と同じ総合病院へ行きました。でも、やはり症状がそろわないから、今の状態ではリンパ腺炎だと言われて帰りました。何の検査すらしてもらえませんでした。次の日、肝機能の検査をどうしてもして欲しいと行くと、たまたま大学病院の医師が来ていて、この状態でどうして昨日入院しなかったのかと、即検査・入院。肝不全をおこす手前でした。
症状はそろっていなかったけれど、すぐにγーグロブリンの治療を始めました。1クールでは、まったく効果なく、もう1クール。それでやっと熱が39℃台に下がり、指先の皮がむけてきたので、快方にむかったということで、肝臓の治療。2ヶ月で退院して、現在は年1回検査を受けています。制限もなく元気です。

私自身、1967年、3歳頃、高熱とリンパ腺の腫れなどが1週間続き、無医村で、一時間半かけて電車で行った病院も、設備は整っておらず、リウマチ熱だろう、と言われました。私の母が、次女の様子を見て、私の時とよく似ていると言っていました。私自身、リウマチ熱のあと、レントゲンに影があるから毎年検査を受けるように言われていましたが、転居してから、元気で自覚症状がなく、貧しかったので7才からは放置しています。川崎先生が発表する前であり、僻地の昔の医療なので、はっきりわかりませんが、子供が二人とも川崎病にかかったことを考えると、もしかしたら私も川崎病だったのではないかと思います。私から子供に川崎病にかかりやすい遺伝子が受け継がれたとか、私という宿主から子供に移ったとか、そう考えると、なんだか理解しやすくなります。

何度も繰り返し発症している方、後遺症の残った方、平癒している方も、ご家族もつらい病気です。
今年、川崎病の遺伝子研究をしている機関に、兄弟で川崎病にかかった人のサンプルが欲しいと言われて、協力しました。
川崎病をなくすことはできなくても、発症の原因の追求、そして予防策が確立されることを、切に望みます。
                                    佐藤