私の考える原因、皆さんどう思われますか?2006年12月29日


生後3ヶ月のときに息子が川崎病になりました。後遺症はなく、薬の服用も終わり、元気に過ごしていますが、再発がこわくてなりません。
私の考える原因を書きますが、皆さんどう思われますか?

川崎病になる原因はわかっていませんが、息子が発熱する前のことを考えると、これでは?と思い当たる節があります。

まず、生後3ヶ月を迎え、親戚や友達が来たり、外出もできるようになって、疲れていたこと。そしてその状態で、100日記念の写真撮影に行き、写真を撮るときに、写真館の衣装やら、下に敷いてあるマットや小道具などを舐めてしまったのです。ちょうどその1週間後発熱しました。疲れて抵抗力が落ちているときに、写真館の衣装についた何らかの菌が体内に入ったのでは?と思っています。私個人の勝手な思い込みですが、写真館の衣装は使い回しですし、一度着て洗うと言う仕組みではなかったです。小道具は消毒しているとは思えませんでした。直接家にあるもの以外のものに触れたのが、この写真撮影の時だけだったので、あやしく思ってしまいます。

今では、再発を恐れ、外部のものに触れたときには、手を消毒したり、よく洗ったり、お散歩中に他人に触られないように気をつけたり…。ちょっと神経質になってしまっていますが、予防策がわからない以上、できることがこれくらいになってしまっています。

病気の経過は以下の通りです。

母乳をよく飲み、発育もよく、元気いっぱいだった息子が9月のある夜中に突然38,7度の熱を出し、小児科を受診すると「喉が少し赤いので風邪の経過でしょう」と言われ、抗生物質をもらいました。1日薬を飲ませながら様子を見たのですが、機嫌は悪くないながらも、熱は全く下がらず、夜には40度に…。受診した小児科に電話し、熱が40度あることを伝えると、「3ヶ月で40度の高熱はよくないです。大きな病院を紹介しますので入院する覚悟で行って下さい」と言われました。
 
紹介された大きな病院に電話すると「一晩様子を見てもいいと思います」と言われましたが、「〜病院ではすぐに受診するよう言われました」と伝えると、「紹介なら診ますのですぐに来てください」とのこと。夜中に車を走らせ大きな病院に向かいました。

幸い小児科医が当直で機嫌や大泉門をチェックし始めました。「髄膜炎ではなさそうですね」と言われ、血液検査をして、待つこと1時間…。「ダメですね、入院です。CRPが6あります。これが正常値0.3以下です。ロタウイルス、ノロウイルスもでてないので、CRP6となると精密な検査が必要です。念のため髄膜炎の検査をします」と言われました。髄膜炎に関する知識もなかったので、説明を聞くと難聴になるとか、知的発達の遅れの恐れとか…もう涙が止まりませんでした。

レントゲン検査の後、髄液の検査をして、泣きながら入院手続きをし、息子はストレッチャーにのって、点滴と二つのコードにつながれて大泣きでした。背中を見ると巨大な絆創膏にバッテンに張られたテープ。それをみると、私は、もう立つのもやっとでした。そこから付き添い入院する日々が始まりました。

発熱2日目。原因不明の発熱に検査ばかり。相変わらず熱は下がらず。母乳をあげるために抱っこすると、熱くて涙があふれました。水分、抗生剤の点滴、クーリングでの対応。熱以外は異常なく、機嫌も悪くない。

発熱3日目。検査は続くが異常なし。息子は母乳がうまく飲めず、飲んでいる途中でよく泣きました。抗生剤の効果が血液検査には反映されませんでしたが、もうしばらく同じ治療で様子を見ることに。

発熱4日目。抗生剤2種類目の投与が始まりましたが、効果はなし。一日中寝ている状態になってしまいました。ちょっと目覚めたときにかろうじて母乳を飲む程度。音に敏感で少しの物音ですぐにおきる息子が寝たきりでした。夕方、眠る状態が異常との事で、二度目の髄液検査を勧められました。「まれに後から異常が出ることもあるから」とのこと。検査を承諾して、結果が出るまでの間、涙が止まりませんでしたが、結果は陰性。熱は38度台まで下がり、一時37度台にもなりました。この日変わったことは何となくですが、白目が赤く感じたこと。ほとんど寝ていたのでそれほど赤いとは思いませんでした。

発熱5日目。朝の回診で何となく唇が赤いと言われました。言われてみれば確かに何となく赤い程度。目やにが出ていたこともあり、主治医の先生はかなり悩んでいたようです。目が赤いのはアデノウイルスか川崎病なのか…。「川崎病なら熱が一旦でも下がることはないし、目やにも出ない。アデノかな?」と言っていました。ところがお昼の回診でおへそ周りがうっすら赤くなっていることがわかりました。カンファレンスルームに呼ばれ、「症状は発熱、目の赤み、唇の赤み、発疹と4つしかそろわないけれど、きわめて川崎病の可能性が高い。」とのこと。血液製剤「ベニロン」を使用する承諾書にサインを求められました。もう何でもいいからとにかく熱が下がってほしい…そういう思いでサインをし、その日の夕方からガンマグロブリンの投与が夜通し始まりました。夕方から朝までかけて投与したのですが、真夜中に息子が激しく泣き、楽になる感じが全く感じられず、看護婦さんに「この薬本当に大丈夫なんでしょうか?」と聞いたほどでした。
 翌朝、熱はぱたっと下がり、一気に36.9度に。やっぱり川崎病だったのか…と落胆しつつ、熱が下がってよかったと複雑な思いでした。

熱が下がっても、血小板の値が安定せず、計18日間の入院となりました。母乳のためずっと付き添っていたので、私自身精神的に参りました。息子が元気になってきても、点滴は結局最後の日まで外れず、母乳をあげるために抱っこするのも、点滴が外れないよう気をつけなければならず、大変でした。

後遺症はなく、アスピリンも退院後3ヶ月ほど飲み、終わりました。6ヶ月に一度の検査となりましたが、再発を恐れています。