1999.2.18から長男(5才)が川崎病になりました。

入院は2.20〜3.20までの1ヶ月ほどです。川崎病と診断されてからすぐにこのページを検
索して、親の声のページに励まされました。お世話になったページにいずれ、わたしも書き込もう
とずーっと入院中の経過をかいてきました。(・_・;)
2.18 38.5の発熱、子供クリニックで風邪と診断され、風邪薬をもらう。その日の深夜、
首が痛いと泣き始め、近くの三田市民病院に電話で病状をつげ、夜間診療を受けた方がいいかきく
が小児科医がいないため自宅で朝まで待つ。40.2度。朝9:00子供クリニックで川崎病の疑
いありといわれ、即入院手続きをとってもらい、紹介状、血液、尿検査結果をもって、済生会兵庫
病院に入院。CRP 26。内臓の数値はよかったが、白血球の値は高いといわれた。 現時点で
は川崎病の症状がそろっていないので、急性リンパ腺炎として入院。抗生物質の投与と点滴。首は
少しさわられても悲鳴を上げる状態、歩く時のゆれでも叫んでいた。座薬がきいているときは38
度くらいに下がるが、薬が切れる時間になると40度前後の高熱。腹痛と嘔吐、下痢を訴える。
CRP 15。このあたりで、ボルタレンという座薬にアレルギー反応がでたため、ANHIBA
という薬に変える。熱の下がり方が悪いので心配するが、主治医の先生が一時的に熱をさげること
は治療じゃない。副作用の方が心配なので、ボルタレンは使えないと説明をうける。首の腫れは収
まってきた。
2.23 午前7時ごろ、足に発疹がでる。目が充血しはじめ、唇がはれる。CRP 27。
2.24 川崎病と診断され、γグロブリン3本とアスピリン投与はじまる。イチゴ舌。一日に
4回にわけてアスピリン投与、粉薬がのめないので、錠剤の小児バッファリンをのんだ。
最初の一回目に突然、37度8分からあっというまに40度に熱が跳ね上がって、寒いと
いって泣き叫んだ。副作用かなぁ。点滴の早さを変えてもらってからそれはなくなった。
抗生物質等の投与は無駄なのでやめる。
2.26 入院以来ずっと、発熱40度前後がつづく、ちょっと起きているだけで疲れてぐったり
している。明日はγグロブリンを6本に増やしましょうと主治医の先生がいった。いった
いいつまでつづくのか。終わりがみえない。 
2.27 γグロブリン6本投与。CRP 24.3。
2.28 座薬をいれなくても、10時間ほど38度くらいの熱ですんだ。この日からアスピリン
のみ。γグロブリン投与はおわる。
2.29 熱があがっても39度くらい。座薬ののびてきた。
3.1  座薬なしでも38.2度くらいの熱しかでなくなった。だいぶ見た目にも元気になって
きた。目の充血、唇、舌の腫れ、などもだんだんおさまっている。
3.2  CRP 5 このころ、首のうしろ、両手の指のあたりの皮膚がむけてきた。
3.9  CRP 0 心エコー検査 4.0mm以上ある。こぶはできていない。とのこと。
3.12 血沈の値がまだ下がらない。80くらい....
3.16 血沈30。心エコー検査 3.8mm ....右手の手のひらがぼろぼろむけてきた。足は
剥けていない。
3.19 心エコ−検査 3.6mm 明日退院できるようです。
3.21 両手の皮膚がボロボロと本当に日焼けのようにむけてきました。病気の終わりの印とし
て喜んでみています。
同じころに3人の川崎病で入院している子供がいましたが、いずれも長男よりも軽傷ですぐに退
院していきました。これからも心エコー検査で病院にはお世話になります。こころから、治療して
いただいた先生方、献身的にお世話していただいた看護婦さん、このページに情報を提供してくれ
たお母様がたお父様がたに感謝します。また、不当な病気に対する差別がある反面、病気になった
おかげで、人の優しさを知ることができました。これも良い経験だったと思います。
この病気の根絶を願って。