私は27歳のOLです。


私は27歳のOLです。
私自身が7歳の時に川崎病にかかりました。
高熱が続き、病院に行く時、たまたまはしかが流行っていた為母は、はしかの感染を恐れ、内科に連れて行ってくれました。
そこでの診断はリウマチ熱。でも4日経っても一向に直らないので、係りつけの小児科に行くと、川崎病とのこと。そのまま大きな病院に移り、入院。それから一週間は、熱との戦いでした。
なにしろ、入院の時点で40〜42度あったので。結局,最高何度だったのかは、解りません。だって、体温計は42度までしか表示できないのですから。(笑)
今でも、廊下で先生が両親に言っていた言葉を覚えています。
「これ以上熱が続くと、危険です。けれど、既に限界以上の薬を投与しています。これ以上投与するのも危険です。万が一熱が引いて、助かっても以前のお嬢さんに会えるとは、思わないで下さい。」その様な内容でした。
熱の中で、あー死んじゃうんだな。と思った記憶があります。
ところが、次の記憶は元気な私。両親が、万が一の希望にかけた結果、突然するすると熱が下がり、脳には何も異常はありませんでした。
それからは、24時間点滴を3週間。たぶん、今の治療法とはかなり違うと思います。
症状はほぼ全部。もう、目も口もまっかっかで、手も足も、きれいに3回位剥けました。
爪も筋が入り、わざわざ他の病院から先生が見にきた程です。
写真もたくさん撮られて、顔を入れて!と毎回ダダをこねてました(笑)
結局私は、冠状動脈の一部が細くなる後遺症がでました。
小学校4年生までは、体育は一切出来ず、その後も制限付。
月に一回の病院の日は、早退。
つらかったのは、退院して、学校に行ったらなじめなかったこと。
でも、両親もさりげなく機会を作ってくれたりしてすぐに仲良くなれました。
その後も普通に(体育以外)学校に通い、中学の体育は、内申書が体育を空欄にする訳にはいかないので、3.(先生が配慮してくれます)高校、短大と進み、就職の時も既往歴で川崎病を書きましたが、何も問題無し。  
ただ、民間の生命保険はすぐには無理です。私は、4年生で異常が出たので無理でしたが、何もなければ、中学生位になれば、親の特約という形で入れます。ただ、申込書に記入する前に、セールスの人に話しをして、確認すること。申込んでから、通ら無かった場合その会社に記録が残ってしまうので。
私は正直に記入して、20歳の時に自分名義の保険に無条件で入れました。
今も、年に一回の検査はしていますが、お酒もタバコも飲むし、テニス程度なら全然平気だし、誰も私が心臓の血管に欠陥があるなんて思いません。
生活に不自由を感じた事なんて、全く無いです。
かえって、私の人生にはプラスになってます。
こんな川崎病患者もいるんです。
皆さん、今はいろいろ考えてしまうと思いますが、心の元気と強さをお子さんにあげて下さい。