次女が2002年8月20日に発病しました2004年7月15日


我が家の次女が2002年8月20日に発病しました。その母です。

はじめまして。皆さんに励ましを、そしてひとつでも多くの症例や参考になれば…と
の思いで親の声にメールさせていただきました。文章に誤解を生む表現があったりす
るかもしれません。この場でお詫びをさせていただきます。 

風邪でもないのに、突然39度の発熱が…「どうせ風邪だろう」と
思っていて3日間様子を見ていました。ぐずり方で「いつもとは違う!」と直感。ボ
ルタレン(座薬)も一向に効果はなく一時的に解熱はするのですが、また30分とた
たないうちに39度まで熱があがってしまう…そのうち唇が真っ赤に腫れ出し、手足
のひらも真っ赤になり、足に発疹がでてきました。
すぐ市立病院へ行ったのですが、あいにくその日は休日診療で当直が外科の先生で、
「様子が風邪と違うので、今日は点滴治療だけします。明日必ず1番で小児科を受診
して下さい。何かあると子供さんの命にかかわる事ですので、薬は一切処方しませ
ん」との事で、その日は点滴1本の治療でした。多分、外科の先生ですから川崎病だ
とその時わかっていたと思うのです。
 翌日1番で受診、発症から4日、娘の症状はピークにあり、目が充血、イチゴ舌で
唇も真っ赤に腫れ、発疹は全身にひろがり、手足のひらは真っ赤でさらに腫れ上が
り、BCGのあとも真っ赤に腫れ上がり、熱も40度という状態でした。娘の場合は
リンパ節の腫れは最後までありませんでした。(最近は川崎病の前ブレの症状とし
て、気管支炎のような症状があると言われています)
 聴診器をあてるなり、すかさず先生が「川崎病です。今年は川崎病が流行っている
年です。でも大丈夫です。安心してください。」との一言。川崎病が流行るというの
は、2年に1度のペースらしいです。
血液検査では川崎病の特徴である、白血球が異常な数値で増殖していました。次女は
即入院、ガンマグロブリンの投与と点滴投与、バイアスピリンもあわせての治療がは
じまりました。
「原因不明の病気の為、そして血液製剤は未知な分野の病気の発症をもたらす原因に
なるかもしれません。正直に申しますと、治療中に死んでしまう可能性もあるという
事です。長期入院になるかもしれません。私どもスタッフも最善の努力をいたしま
す。娘さんの生命力を信じて、共に頑張りましょう!」先生と看護婦師のみなさんの
励ましがとても支えになりました。 
 長期入院とされていたのですが、白血球の数値が2日目から急激に戻りはじめ、グ
ロブリン投与が3日間で終了、指の皮も3日目で剥け始め、その後の娘は驚異的な回
復を見せ始めて、10日間で退院する事ができました。退院後も1ヶ月はアスピリン
を飲まなくてはなりませんでしたが…でもその後の心エコー検査も異常はなく、昨年
のエコー検査も大丈夫でした。今は3人姉妹の真ん中で1番元気いっぱいで毎日真っ
黒に日焼けして遊んでます。 ですが言葉の成長に心配があり、娘が発症した2歳
3ヶ月頃というのは、ちょうど言葉を獲得し成長してゆくはずなのですが、娘は言葉
の発育が普通とされている判断基準から、1歳6ヶ月分くらい遅いのです。
 なんかこの子はちがうな…と感じたのは、生後5ヶ月くらいからでした。歯が生え
始めたのが、1歳からで、歯をみがくと、歯茎から大量の出血(川崎病は全身の血管
炎だと医学書にもありましたので、これが前兆だったのかなとも洞察しています)で
すので、今でも虫歯だらけで、ちゃんと歯をみがかせてくれる様になったのは、発症
してから1年後くらいの頃でした。とにかく離乳食はいっさい食べてもらえずに全部
吐き出し、母乳ばかり…もちろんやせていますし、食も細いです。1歳6ヶ月の検診
では「言葉の遅れがめだつ」と診断され、そのうちに川崎病になってしまいました。
いまも週1回言葉の教室に行ってます。トイレもひとりで出来るようになり、5月に
4歳になり、やっと自分から言葉を話す様になりました。来年の入園までには、なん
とか間に合いそうです。
 これらの事が、川崎病の前兆とは(原因不明のため)言えるかどうかわかりません
が、あえて同じ思いをされている方がいるかもしれない、という思いで述べさせてい
ただきました。
やはり、病気は医者まかせではいけないと言う事を、そして、限りのない命だからこ
そ、1日1日を前向きに生きる強さを、何があっても逃げるのではなく死んではいけ
ないんだという事を、娘の川崎病を通して学びました。とにかく、親が無知でいると
不安になり何事もネガテイブになってしまいます。私も主人も娘に、川崎病に、本当
に感謝しています。あの時のことがあったから、いまの自分があるのだと…ありがと
う!