初めてメール致します2004年4月25日


初めてメール致します。健康のページを開いた時、川崎病という言葉が目に入りまし
た。私の心の中から、忘れかけていた悲しみの日々が鮮明に思い出され、20年経った
今でさえ、原因や治療法が何一つ、解明されていない現実に、驚きと、この病気でま
だ苦しんでいる方々が、こんなにも沢山いらっしゃる事にショックを隠せません。息
子は、今年22歳になります。1歳7ヶ月の時突然の高熱に驚きましたが、首のリンパ腺
の腫れでおたふく風邪だろうと、あまり心配もせずにおりました。が、下がらない高
熱は体温計を脇にあてただけで、40度を超え、医者にもらった薬もその時だけですぐ
に40度以上。唇は赤く腫れ上がり、目は真っ赤で、恐る恐る医学書を開くと、そこに
は川崎病と書かれておりました。もう一度病院に行くと医者はその症状を診て奥の書
庫から医学書を取り出してきて、すぐに市民病院に行って下さいと紹介状を書かれま
した。市民病院で小児科部長から川崎病だと言われた瞬間、子供を抱きながら号泣し
てしまいました。でも医者から「お母さんがここで泣いてもどうにもならないで
しょ。長い入院生活になると思いますが一緒に頑張りましょう。」と励ましてくださ
いました。皆さんと同じ症状が全部出ました。冠状動脈にも瘤が出来ていると言わ
れ、そのころ心エコーのある病院に半日かけて外出して病院に戻ることもありまし
た。最後のとどめに、心カテーテルまで全身麻酔でやりました。計45日間の入院生
活。桜の季節を病院で迎え終えました。でも、最後に医者から、「心配はいらないか
ら、何でもさせてあげてください。この病気になったことで、大人になってもたまに
は心エコーでも撮って健康を確認してくれたら、何もしないで無茶をしている人より
よっぽど長生きできますよ。」と激励してもらいました。その後、小中学校時代は
サッカー部で活躍し、バイクを乗り回し、今では、遠い新潟で快適な貧乏大学生活を
送っています。でも、あの子は決して今でも忘れてはいません。川崎病だったという
ことを。そして、健康で過ごせることの素晴らしさを。