私は、8歳、5歳と3歳の3人の娘の母です。2003年10月15日


8歳の長女は1998年11月,3歳0ヶ月の時に川崎病に罹りました。丁度5年前です。
発熱(39.5度)で小児科へ行ったところ「ちょっと気になるのでもう一度明日い
らっしゃい」といわれ,翌日同小児科へ。今度は「大きな病院で検査してもらった方が良いでしょう」と紹介状を持って大学病院へ行きました。
6項目中5項目当てはまり不完全型でしたが、診断は川崎病でした。そして即入院。
無知だった私は川崎病の名前すら知らずにただオロオロするばかりでした。
5日間のγ-グロブリン投与とアスピリンの内服で、2週間ほど入院しました。
後遺症も残らず現在は2年に1回の心エコー、心電図、血液検査を受けています。
退院後川崎病は偏見があることも耳にし気にしていました。小学校入学の時には調査票に書くべきか書かぬべきかと悩んだこともありましたが、正直に書いたところ何の問題も差別なく現在に至っております。

そして5歳6ヶ月の次女が9月に川崎病に...1週間ほど前に退院したばかりです。
熱は37.5度〜37.9度で1日に1回39.0度台の熱が出て、体中に発疹がでました。以前住んでいた所から引っ越していたので、翌日現在かかりつけの小児科へ行きました.喉から菌が検出されなかったにもかかわらず”溶連菌感染”の診断でした。抗製剤を処方され飲んでいましたが、熱は下がらず手足の指がどんどん腫れて痛くて歩けなくなりました.どの医学書を見ても溶連菌に手足のむくみ,腫れなどはなく頭をさえぎったのは”もしや川崎病?” ”まさか兄弟で...?”とは思いましたが、姉の時に学んだことは、「早期発見と早期治療」でしたので、姉の時に診てもらった医師のところへ駆け込み、同じ大学病院を紹介して頂きました。
やはり姉と同じ診断は川崎病でした。またまた即入院。
治療は5年前とは違い、γ-グロブリンを5日間投与していた量を2日間で投与するということでした。そしてアスピリン内服。
次女も経過は良好で、2週間程度の入院ですみましたが、CRPが23.4まで上がり心配しました。手足の皮もまだ剥けている途中ですが、これでもか!というくらい指先から甲から、すごく剥けています。年令が高かったせいでしょうか姉よりも重かったように思います。

長女は予防接種でさえ泣かない子だったのに採血の時は貧血で倒れてしまうようになりました。
次女はそんな長女を見ていて,耐えているのか注射するときの様子を克明に再現します。
うちの子はどの子もアレルギーは全くありません。
兄弟で罹るのはごく稀です。と医師から言われました。
今は再発と三女が発症しないことを望むばかりです。