娘が1歳2ヶ月の時川崎病になりました。現在5歳を迎えます2003年7月15日


初めてお便り致します。女の子が欲しくてやっと3番目にできた娘が、1歳の時にまさかの川崎病に罹ってしまいました。妊娠中はもとより安心・安全食品を心がけ、順調に発育、出産を迎え、看護士さんには「羊水がとってもきれいでしたよ。元気なお嬢さんですよ」と言われ、この上ない至福にひたっていました。ところが、1歳2ヶ月の時に高熱が出て、行きつけの小児科に行き、解熱剤を投与してもなかなか下がらず、別の個人病院に連れて行きました。母親としては、いつもの風邪症状と違ってるという感があったのか、高熱が続き、はしかのような症状だったので、先生に訴えてみましたが、様子を見ない事には診断が下せないとの見解で、風邪症状の基本的な薬を処方し、その日は不安のまま時を過ごし、翌朝やっぱりこれはおかしいと日曜日だっのですが救急診療に行き当直の先生がたまたま川崎病の特徴をよくご存知で別室に呼ばれ(それが、何か特別な病状だと察したので)、体の震えが収まらない私達夫婦に川崎病という原因不明の病気です。と宣告されました。失望感・虚脱感にさいなまれ、目の前が真っ暗になったのを4年経った今でも鮮明に記憶しています。しかし、その主治医の先生は、「最良の治療を
sくしますのでご心配なさらないで下さいと」と私達を励ましてくださいました。その時に先生が救世主に見えました。
先生をはじめ、看護士達の温かい看護の下娘は日に日に回復に向かいました。幸い、早期γグロブリン投与治療の為、冠動脈瘤は発生せず1ヶ月の入院が、入院2週間後には長期外泊も許され快方に・・・入院患者の付き添いの方からは、どこが悪いんですか?と元気に動き回る娘を見て不思議そうに見つめられ、川崎病ですと答えるとあぁお気の毒に・・・と原因不明の病気だけに反応も私を不安にさせました。入院中に主治医から川崎病についての資料をお借りして読んでいたので、初期に冠動脈に瘤ができなければ大丈夫だという自己強制安心感みたいなものを持っていたにも拘わらず、やはり不安でした。退院後も1ヶ月はアスピリンを飲ませ、心エコーと心電図では異常は見られず、先生からは経過観察でいいですよといわれるまでは、安心できませんでした。それからは、風邪ひとつひかない元気で丈夫な娘になりました。体を動かすのが大好きで、いつでもどこでも動き回っている娘をいつまでも元気でいてねと切に願うばかりです。毎年入院した1月を定期検査として病院から安心をもらっています。
医療も日進月歩。早期に原因究明できますよう、研究機関の皆様に頑張っていただきたいと思います。それで、一人でも、苦しい思いをする、お子達がいなくなるようにそして、保護者達の辛い思いがなくなりますように・・・・・
何かお役に立てることがありましたら、いつでもお応えしたいと思っています。
」ちなみに、私が住んでる沖縄でも当時入院した総合病院で毎月1〜3人程入院患者でていると主治医がおっしゃていました。
夫婦共々アレルギーを幾つか持っていて、長男・次男ともリスクを持っていますが、娘だけは至って何のアレルギーも持っていません。