男女の双子の親なのですが


男女の双子の親なのですが、まず、娘が5ヶ月の時に発病し、その時の症状は、高熱、赤い発心、眼の充血、重たい表情、ぐったりした感じ、唇がいつもより赤く、でした。38.5℃もあったので、一日目より生まれた病院に夜間診察に行きました。
もう一人は熱はなかったのですが、よく「双子はひとりが病気になったら、二人で受診したほうが良い」と聞いた事があったので、二人をつれて受診すると、診察し、その時男の子は特に異常がなかったので、安心でしたが、その時の医師に「お母さん、いくら双子でも、もう一人が元気(異常がない、熱もなし)だったら、夜間の救急外来に一緒につれて来なくていいですから」と言われ、ただ腹が立った事をよく覚えていますが、こっちはもしも、移ってでもしたら、で、必死に仕事から帰宅した主人と病院に向かったのにとっても、ショックでした。一緒につれて来なくていいと言われても、一人置いてくるわけいかないでしょう?と言い返したくなるほど、悔しかった記憶もいまだにありますが、と少しかけ離れてしまいましたが。しばらく廊下で待っていると、先ほどの先生とその上司らしき先生がきて、すぐに川崎病の可能性があると言われ、最初何のことか分からず、マタ明日の午後診察に来てほしいとこのことで、行くと、尿、血液検査、診察で、2日目の高熱で即入院と判断されました。(きつい先生でしたが、判断は正しかったのでした。やはり大学病院小児科ならではなのか)で最初に入院では、疑いだったので
キが、早く治療したほうがいいと言うことで、3日目の高熱より”がンマグロベリン”の投与、飲み薬とで、5日間で退院でき、後遺症も無く過ごしていたのもつかの間で3日後には再発という結果になってしまい、やはり、同じ発病のしかたでした。(高熱・唇の色・重たい表情・発心)で、マタ、同じように治療の開始でした。ただ、今回は前回の発病時期よりも数値が悪化してしまっていて、合併症もあり、最悪の状況でした、そのために大事をとったせいもあり、1ヵ月半の入院生活を送りました。その間の時もやはり一時期は良くなり点滴をはずして少し様子を見ていていると夜間に症状が同じように悪化し、マタ、点滴治療の開始と繰り返しの連続でした、そのために、長引いたこともありました、が何とか今2歳半で、元気に走り回っています、(但し、合併症があったため、今でも、後遺症を持っているためかバファリン81を服用してます。)ただ、もう一人の方、息子が娘が退院した1ヵ月後になんと、発病というか高熱、発心、重たい表情、で同じ病院に(時間外外来のため、電話して症状を言うと、皮膚科の先生が待機していて、なんと、「突発性発心』と誤診。その時の私は勉強不足で、突発のことは名前しか
よく分からず、薬をもらって帰ってきましたが、しばらくしてなんと川崎病の回復期ともいう足のつめの所からの皮の剥けれの症状がでて、後日同じ病院の小児科を受診すると、なんで、最初に小児科に受診しなかったのかとおこられ、でも、皮膚科にまわしたのは病院だろう、しかも、知ったがぶりの誤診をしたのに・皆さんもご存知のように突発は高熱と発心は同時にはならないのです。親の勉強不足ですが、とっても後悔です、でその2日後受診時にはかかとのところまできれいにむけていき、(あまりにもきれいにむけていたせいか?デジタルカメラでその様子を先生は撮っていました)”川崎病の疑い”から川崎病と判断され、エコーなど検査して後遺症も無く点滴の治療することも無く完治してしまいましたが、いまだに、もう一人の子と一緒に半年に1回のエコーを受けています・勝手に治ってしまう川崎病もあると聞いていますが、(ちなみに双子でなることも珍しく無いらしく)いまいち不に落ちない所です。入院せず、治ってしまったことはまあ、良かったのか悪かったのか分かりませんが、入院していたら、もう一人も一週間に一回の通院時期でもあったので、どうなっていたか?考えると恐ろしく、もしかして
A同時入院なんてことになっていたかも知れないです。どうしても、この想いを誰かに聞いてほしいと思っていたのですが、長々となってしまいすみません。娘のほうは合併症の関係で心臓病を持つ親の会にも入会しておりますが、現在は本当に元気に走り回って、こっちが困るぐらいですが、この先成長していく上で運動制限などなく、過ごせていけたらいいなあと願っています。早く川崎病の原因がわかればいいのですが、医療技術の発展を願います。