娘が川崎病にかかったのは生後2ヶ月半でした。


娘が川崎病にかかったのは生後2ヶ月半でした。
発病した時は辛いものでした。病名がわかるまでに1週間かかり検査の為泣きすぎ声をつぶし、高熱の為ミルクもあげれず、点滴も漏れ腕・足は腫れ体力との戦いでした。病名判明後はアスピリンの薬で・・・それがその後肝臓の数値をあげ・・最初の2週間は声も出ず目も開けれず生死を危ぶまれました。。。その後は順調に回復し後遺症も出ず退院となりましたが、小学校4年までは体育の制限があり小学6年には完治とされ、今中学3年ですが、元気にテニス部に所属し毎日楽しそうです。。
入院中、落ち込んでる私に看護婦さんが泣く時は今じゃないよ・・
小学校1年生の時の運動会で思いっきり泣きなさいって言われた事をバネにして・・・1年生の運動会の時は本当に校庭の影で泣きました。小さくて可哀相と思いましたが本人には当時の記憶はなくせめてものすくいでした。主人の仕事上転勤が多く病院を転々と変わりましたが、先生によって言われる事もまちまちなので困りました。検診は小学校までとか・・一生と言われた先生もいましたが、最後の先生のお話が納得できたので小学校で検診を終わらせ、完治ということにしました。