後遺症が残っていますが、元気ですよ。


わたしは、3歳のときに川崎病になり、6歳の時に後遺症の動脈瘤がわかりました。
カテーテルは、7歳、12歳、20歳、25歳の時、そして25歳の夏に、ソーセージのつなぎ目みたいに細くなった血管を広げる手術をしました。
膨らんでる部分を小さくすることはできないから、薬は飲み続けるように言われました。抗血小板バファリン81です。
薬は、心筋梗塞にならないように、飲み続けなければいけない、といわれていますが、実は2年くらい飲まなかったことがあります。勝手にやめていたのです。何か影響がなかったかと聞かれても、よくわかりません。
子供のころ、運動を制限されていました。もともと運動嫌いだったわたしは、今になって、ちょっと後悔をしています。
筋肉がないので、太りやすいんですね。基礎体力もない気がします。でも、今からでも遅くないので、運動を始めようかと思っています。
ずいぶんのんきに書いてるようですが、実際大人になってみると、日常生活では、そんなに後遺症のことは意識しないものです。
回りの友人、みんな多かれ少なかれ、何かの病気にかかっていたりします。自分だけが、特別ではないのです。
子供の頃は、自分は特別なんだ、と勝手に悲観的になりいじけていました。でも、親は甘やかしたりしませんでした。
父親は弁膜症で、大きな手術を2回しています。母も、甲状腺を切除しています。
川崎病が、どんな病気で、自分がどんな状態だったのか、親の口から詳しく聞いたことはありません。高熱が何日も続いたこと、紫の薬を口の周りに塗られたことくらいかな。
色々書きたいことがありすぎて、長くなってしまいますね。でも、一番言いたいことは、心配しないで、と言うことです。
わたしの両親は、いつもわたしの前では、平気そうな顔をしていました。自分だけが特別かわいそうなわけじゃない、という顔です。
確かに、運動ができないと仲間に入れず、いじめられたりもしましたが、それは卑屈になってた自分の責任で、別に運動ができないから、友達ができないわけではありません。
後遺症で、大きな苦労をしたことなんて、ありません。カテーテルくらい?でも、年々カテーテル検査の技術も発展して、楽に検査をうけれるようになったし。
後遺症が残らないほうが、良いのは当たり前のことです。でも、もし仮に、残ってしまっても、イコール不幸ではないのですから、悲観的にならずにいてほしいです。
日常で、自分の病気を意識することなんて、薬を飲む時くらいなものです。
わたしは元気で、恋人もいて、趣味に明け暮れ、親とも仲が良く、幸せです。