家の4歳半になる息子も川崎病にかかりました


家の4歳半になる息子も川崎病にかかりました。
入院当初は高熱が下がらず本人もたいへん苦しがり、周りの家族も心配で眠れない日々が何日も続きました。
そうした時、このHomePageを知り、親の声に投稿された多くの方々の原稿を読ませてもらい、たいへん参考になり勇気づけられました。
この病気は未だ原因が特定できず、後遺症を残す危険性もあり、とても恐ろしい病気に違いありません。おそらくこれからも私共のように、なぜ家の子だけがこんな病気に…と嘆く方々がおられるのではと思えてなりません。 その時のために少しでも参考になるのではとペンを取った次第です。
現在、息子は幸いにも、後遺症も残らず、元気に幼稚園に通っており、来週の検診結果次第では半年に一回程度の通院ですみそうです。 親から見てこれなら大丈夫だろうというぐらい元気になりました。 再発という怖さはありますが、悲観してばかりでは先が見えません。これからは普段から少しひ弱だった息子に体力をつけてやりたいと思っています。
 事の始まりは4月20日いつものように幼稚園に行って帰宅したのですが、母親にあごの下の首筋が痛いと訴え、これはおたふくをもらってきたなと思い掛かりつけの小児科医院に予約を入れました。 翌日熱が38度まで上がり早速医院に行きました。そこでの診断は、なんとおたふくではなく、何か強い病原菌がリンパ腺に入っているから気をつけなさいというものでした。熱さましの抗生剤を2日分程度もらって帰って来たのですが、その後薬を飲んでも一向に熱は下がらずついに熱は39度から40度になりました。4月22日日曜日になってもますます悪い方向になるばかりなので、休日診療を行っている総合病院に診てもらうことにしました。そこの担当医の所見は一言「川崎病の疑いがある。」ということで即日入院になりました。先生が言われるには「 川崎病の特効薬といわれるものは現在γーグロブミンしかない、これは血液製剤であるので家族の同意が必要です。まだ発病して3日程度なので、5日目になって川崎病の条件がそろうまで待ちましょう。」ということでした。 その間にも子供の状態はよくなるどころか高熱と同時に下痢の症状まで出てきて口からの食物は一切禁止され点滴による栄養補給だけとなりました。
また体には湿疹ができ手足が赤くはれ、目は充血し、唇もはれあがりました。本人は点滴の針を刺すときの痛みにも全く抵抗できる元気もなく、ぐったりとしていました。 良くも悪くも典型的な川崎病だということが、「親の声」を読ませてもらったことからはっきり納得できました。 5日目となる4月25日の午前、血液による炎症反応も高いということから点滴によるγーグロブミン大量療法が始まりました。 ここで父親の私としては特効薬を点滴したんだから次の日には効果が出るだろうと期待したのですが、期待はあっさり裏切られγーグロブミン投与後2日たっても子供の下痢は収まりませんでした。15分に一度ぐらい便が出てベッドのシーツまで汚してしまい、小さくなっている子供と私は全く惨めでやるせない思いでした。 この時の苦しさは親として忘れることができません。 しかし「親の声」では急性期を過ぎれば必ず症状は治まる、こわいのは後遺症なのだと信じてもう少し様子を見ようと気を取りなおしました。 4日目に入ると便の回数が急に減りオムツもそろそろ取れるかなという時と同時に子供が急に「暑い、暑い。」と言い出し寝巻きを交換してはまた汗をかきということを繰り返しているうち
ノ、投与5日目の朝には熱が37度台まで下がりました。 下がるときにはあっけなく、その後は症状が軽くなりγーグロブミン投与は5日で終了しました。 後は日一日と症状が軽くなり、手足の指の皮膚が剥け始めました。点滴もようやく取れ、入院後2週間で一時帰宅の許可が下りました。 ただし、血液の炎症反応は以前高く要注意なので、外出は一切禁止と言うことでした。この炎症反応が治まるまでこれから2週間も続き、この病気の強さをまざまざと感じました。結局発症から完全退院まで40日の戦いでした。この間には何度も心エコー検査を行いましたが、幸いにも異常が認められるという所見は聞きませんでした。また川崎病の中でも中の上くらいに位置するのではということでした。
 以上のような経過でしたが、家の子供の場合、本人には苦しかったかも知れませんが、川崎病の症状のほとんどが出たということが返って良かったかなという事が正直な感想です。 その分、病院の先生にも早く診断してもらうことができ、γーグロブミンも一日で効果が出るとまではいきませんでしたが後遺症予防に効く時期をはずさないですんだような気がします。 
 今回の入院で実際に付き添いで子供と寝食を共にし、頑張り続けた妻に感謝してペンを置きます。