運動制限について 2014年6月11日


学校や周囲の理解を、求めるべく、勇気をもって言うか。
すごく、不安なので、必要以上にびくびくしていた自分。

後遺症が残ってしまったのは、私やこどものせいじゃないのに。
世間様からは、親のせいと非難されてる。のだろうか?とか
怖いことや神経を使うことばかり。
眠れない夜があることは当然で、悲しくて哀しくて悔しくて。

これを発信しないで、いたから、苦しいんだ、と気がついたけど。

さあ、どう、発信しようか。どう言えば、冷静に伝えられるのか。

そんな余裕がなく、介護離婚でこのようになってしまった息子のしかも後遺症に一生涯翻弄される子育てと、私の両親の闘病生活介護生活、3重のストレス生活に突入して行きました。

悩み考えるけど、仕事もしないと後々苦しいのに、出来ず、
ならばもっと関わってあげたかったのに、
子育ては、近所のひどく自己中心的な輩に翻弄され、難しさを増して、不登校に追いやられてしまいました。

現在は、病弱児支援学校に転校して3年半が過ぎました。
当時、私は、地域の役もまわってきて、土日はほとんど地域のこと。
息子が学校に行ってる間は、爺ちゃんの病院へ。まったく子育てには、手がまわりませんでした。
不登校から4年目にしてやっと、地域の育成会の総会に書面で、病気で内服薬での治療中で運動制限があることをきちんと伝えました。
私は身心の疲労感が強く、睡眠障害があり、欠席したのです。とても会合で、病気のことをわかるように言える程落ち着いていえませんから。
周囲の冷たさに、腹が立ちすぎていましたから。

後日、役をやらされた理由を私達親子がやらないからと、思っている育成会長に、
運動制限を守って、スポーツ少年団に入れないから、友達がいないんだ。
病気に見えない病気だから、周りにはわからないとか、
あんたは、病気だから友達がいないんだ。と、
11の息子に面と向かっていい放ち、母親が可哀想可哀想と育てるからいけない、と私にも言い放ち。

そんなこと言われたら、あたし達がどれだけ傷つくか、なんて眼中にも、想像もしないで、
めちゃくちゃ、傷つけられました。2週間も3週間も泣きました。
友達にも、地域の民生委員さんにも、相談してみました。

きっと、医者から許された自転車に器用に乗り遊ぶウチの息子が、
迷惑なんでしょう。

自分の息子達が自転車で遠乗り遊びされると困るからです。
危ない乗り物と教えているようですから。

うちらのこと、病弱な子の親だからっていい気になって、育成会の役もしないで、とか、普段から、
苛ついているようすでしたから。

喘息も有り、ウチの息子は今5種類の投薬治療中です。
その闘病生活が、夜昼問わず、気が抜けない子育てか知りもしないで。

それとも、子どもにべったりに見えるのが、羨ましいのか?

こっちは、あんなに放任して育てても病気しないで育っている子育てが、羨ましいのですが。

自転車は危ない乗り物という意識が強く、自分の息子が羨ましがるから迷惑と、息巻くのかな。
超自己中心的な、言いたい放題の男児多子出産放任型で、(男3女2)
やんちゃで他人の物を壊しても、物は壊れるものと開き直り、親も1度も謝らない。
息子達には、洗濯もしない破れてる服を着せて、自分達は、かなり何台も車を買い換えて。

なんだか、児童手当の使い道も、車にしちゃってるのかなと、詮索しちゃってるのです。
難治性の病気と無縁の子育てをして、威張っている近所の家族に、傷つけられました。
そういう親は、ウチの息子の自転車で自分の息子が怪我したら、大したことなくてもウチの悪口いい降らすんだろうな。
若しくは、ウチの息子が自転車に乗っているから、とか、そちらの子に貸したから怪我した、等々、全部を、私達のせいにするだろうな。

だから、私は貸さない。
何もかも貸さない。
あちらから借りる物は、なにもない。

運動制限が為に、自転車にのめり込んだ、ウチの息子は、バランス感覚よく、ドリフトなどして、楽しんでる。
先方は、私の息子のことを不良呼ばわりしたいのかもしれないけど、唯一、サイクリングスポーツを楽しんでる息子に、禁止する予定はない。
野球も草野球かキャッチボールを楽しむことを私は止めないので、スポーツ少年団はお勉強だと、自慢して帰った、超自己中心的な子育てをする変なオバサンが、私達親子の、今最大の難治性の障害です。