1歳6か月の娘の母です。2012年3月31日


2012年1月末、39度〜40度の発熱、他に症状がないまま4日が過ぎ、その日の夜に目の充血・発疹が出ました。
その時点で、もしかして川崎病ではないかと疑いましたが、発疹が出て熱が下がってくれれば突発性発疹かもしれない、と朝まで様子を見ることにしました。
熱が出て以来、娘はほとんど眠れず、常に抱っこかおんぶの状態で、親も疲れがたまっているところでしたが、5日目の朝、かかりつけ医を受診すると「川崎病の疑いがある」とのことで、すぐに近くの大学病院へ紹介されました。
大学病院でレントゲン・血液検査を受けて、「川崎病の疑い」と診断を受けましたが、すでにベッドが満床で別の総合病院へ紹介され、ようやく入院治療が始まりました。
今から振り返ると、手足がむくんで冷たくなっていたのですが、当時は「熱が上がりきってないのか?」と思い、むくみのことはまったく気付きませんでした。
かかりつけ医にも日曜日を除いて毎日受診していましたが、症状がハッキリ現れたのが4日目の夜で5日目の受診でようやく診断がつきました。
入院先の病院で6つ目の症状が出そろい、川崎病と確定しましたが、これで治療ができると少しホッとした気持ちもありました。
発熱してから5日間、抗生剤も座薬も効かず、食べることの大好きな娘がほとんど飲食できない姿は本当にかわいそうでしたので、ガンマグロブリンの点滴開始後、すっと熱が下がって夕食のカレーライスをおいしそうに食べる姿を見て快復していることを実感しました。
娘は1回目の点滴治療で熱が下がったものの、数日後に発熱したため、再度点滴治療を行いました。
2回目の点滴治療前には熱が下がっていましたが、他の症状もうっすら現れていたことから、発症から8〜9日目ということもあり、点滴を行いました。
その際に、今回の点滴で炎症が収まらなければステロイドの治療を行う旨を主治医から説明された時は、後遺症が残らないようにするためには必要な治療ではあるけれど、まだ小さい娘にそこまで治療を施さなければならないのかと思うと、やはり涙がこぼれました。
その数日後、夜寝る前に発熱したものの治療を追加することなく解熱したため、アスピリンの服薬のみの治療となり、後遺症も残らず退院することができました。
退院後、夜中に発熱したりしましたがアスピリンの服薬のみの対応で9日間程自宅で過ごし、その後保育再開を予定しておりました。
保育再開に当たって、預け先の託児室に出向くと、そこで提示された書面には私たち両親の気持ちに衝撃を与えることが記載されていました。
その保育者は元保育園長、自治体の保育ママ(家庭福祉員)を経て定年後にプライベートで託児室を開いている方で、保育士のキャリアとしては申し分ないのですが、川崎病に罹患した子どもを保育することが初めてとのことで、以前保育園で川崎病の子どもを保育した経験のある保育士の知り合いに相談したそうです。
その書面には、以下のようなことが書かれていました。
・診断書の提出(症状が詳細に書かれたもの)
・保育時間の限定
・緊急時の対応の説明と、朝の視診で元気そうであっても保育中に変容する可能性があるので、100%の責任は終えないこと
・万が一のことがあっても争いごとなどに発展させないこと
診断書の提出は了解しましたが、それ以外のことは了解できないことを伝えました。
保育時間については、親としても育児の部分休業を最大時間使っていることもあり、再開時はなるべく早く迎えに行くよう努力していることから、限定については了解できないとしました。
他の2項目については、退院後に口頭で「他のお子さんと同じように特に生活上の制限がない」と伝えていたものの、「了解してもらえないと安心して保育できない」ということで作成したとのことでした。
親としても主治医から特に気をつけることもなく、他のお子さんと同じで良いと言われているのに、なぜうちの娘だけが他のお子さんにもあり得ることについて、了解しなければならないのかということと、口頭ではあったものの主治医から後遺症もなく特に気をつけることはないと説明しているのになぜそのことは書面に反映されていないのか、ということについて了解できないと訴え続けました。すると、
「あなたの娘さんは、川崎病にかかったのだから他のお子さんとは違う。あなたの言っていることは他のお子さんに対するひがみだ、うがった見方だ」
と言われました。
確かに娘は川崎病にかかりましたが、入院治療で後遺症を残すことなく退院し元気に戻って来たのに、こちらの説明も聞き入れてもらえず、預ける親として了解できないようなことを了解しろ、ということに人生最大の怒りを覚えました。
結果的には、同席されていた保育者の息子さんが「親御さんも診断書を出してくれると言っているのだから、診断書を見てから考えましょう」と本人を説得してくださり、私たちも早急に診断書を提出するように約束しましたが、書面の了解は絶対にしないと伝えました。
保育も予定どおり再開したものの、親としては送り迎えが憂鬱で、他の預け先も考えましたが、保育園に入園するまでの1か月弱の期間を預かってくれるところはなく(保育園の待機児童が多い自治体です。)、なぜ信頼できない人に娘を預けなければならないのか、と毎日毎日心苦しかったです。
川崎病に対する偏見や差別があるということは聞いていましたが、実際、そのようなことを経験し、改めて正しい理解をお願いしたい(自分たちも含めて)と実感しました。
その後も連絡帳で心ない発言に傷ついたことを記したものの、それについては回答がなかったため、4月に入り次第、自治体の第三者機関に苦情申立てすることにしました。
本日、保育終了日でしたが、こちらが出した診断書のコピーや参考資料類も返却され、今後の参考にはしないのだな、と思うと改めて腹立たしかったです。
(お詫び:都合により掲載が遅れたことお詫びします。)