1353様へ有り難う。虐め等で悩む他の方からもメールください待ってます・・・1351より 2012年1月9日


ウチの子の場合、川崎病後遺症後の5ヶ月休み、三学期保育園を当時の園長先生が、「保育園では、切った張ったは当たり前、血を流さずに卒園した子はいない。」と、4月まで3ヶ月間待機児童経験。苦しかった…。年中で復園した時から、虐められた。その関係は、かなり続き、小学校の一年間、二年の五月、遂にウチの息子は、トイレに施錠して登校拒否。
今、不登校を経て、スクールカウンセラー、児童相談所などに相談、引きこもりもあり、掛かり付けの小児科医も環境の変化を薦め、県立病院の院内学級も兼ねた支援(養護)学校に転校。
でも、虐められた学校側からの書類に虐められたというこころの傷は書いてない。病気で運動制限がかかり学業不振。と書いたし、学校側の配慮がなかったと言われた。

すると、支援学校では、ウチの息子が一度も体育を見学させず、しかも喘息発作の危険があるので体育見学を担任に願い出たのに、子供のだだこねを通し、体育をさせ、しかも担任は相談した先生が、止めなかったので、と責任転嫁した。かなり強く、子どもが言うこと聞かないにしても、朝、一番大事なことを頼んで子どもを預けたのに。

で、いじめられた学校にいじめっこがいて、まだ凄くダメージが続いていることを話していたのに、私に黙って虐められた前籍校の小学校のお祭りに来客で出掛け、先生方がイイ調子で学校交流などしちゃって。ウチの息子が私が嫌がってること言ってきたのに、先生方の研究にウチが利用されている。しこりを取れば、と支援学校の担任は言ったが、虐められたというのは数え切れないほどだし、それを聞き流されて??。
学校側のご都合で先走りされて、弱っている私達に変化を求めて苦しめている。

ウチの息子は病弱児だから、体育でまかせられないから勉強や口でまかしてやれ!悔しいじゃん!!と奮起させたが、苦しかったんだ。

どうしても、虐められた学校に戻されるのは、小児科医の立場からも対人恐怖症などの精神科領域からも、違うと言ってほしいです。

その支援学校の決まりなら、その決まりを変えてください。AくんもBくんもCくんもDちゃんも変わらないだろうと、4、5年の長い付き合いで判ったようです。親からして、いじめっこの親は図々しいし自分第一で自己愛が強くずる賢く相手側に無神経です。
なのでなかなか虐めを認めるわけないので。また、先生が介入して注意したり指導が入ると、ウチの息子みたいに、今度は親が親から虐められたりして。
そんな地域に小学校中学校一番楽しい時代であって人生の栄養になるべき時代に、虐めと闘病なんて、もう可哀想なのよ。
わかってもらえますか。

他の方からもメールください。
待ってます。
         ※ 実は2011年12月24日にメール頂いていました。遅くなってごめんなさい。(管理人)