1101さんへ、 2008年2月13日


あなたの昨年12月の書き込みを興味深く読ませていただきました。

 一昨年、心筋梗塞をきたされたとか、その後体調はいかがでしょうか?発作後、再発作を防ぐため、カテーテル治療ないしバイパス手術などをお受けになられたのでしょうか?立ち入ったことをお伺いして申し訳ありません。少し気になりましたので。
 
 私は、川崎病冠動脈後遺症を持つ28歳になる娘の父親です。あなたより2歳年下の年齢です。書き込みから、昭和22年頃お生まれの方かとお察し申し上げました。そうしますと、泉熱(川崎病?)発病は、昭和27年ごろのことかと存じます。私は冠動脈後遺症を残す娘の父親として、娘の長い将来を気にかけておりますので、非常に気になるお話でした。

 ここで、私が知りうる、川崎病の歴史を少し述べさせていただきます。

 川崎富作先生が川崎病の患者、第1例目を診察されたのが、昭和36(1961年)年1月のことで、当時4歳3ヶ月の男のお子さんでした。その後、数例ずつを体験され、7年後の昭和43年(1967年)に「指趾の特異的落屑を伴う小児の急性熱性皮膚粘膜淋巴腺症候群」として医学誌に発表されたのが、川崎病の始まりです。その後、昭和45年(1970年)に厚生省(当時)川崎病研究班ができ、第1版の「川崎病診断の手引き」が作成されました。当時は、冠動脈後遺症についての記載はなく予後良好とされました。又、当時、正式な学会名は英語の略称から「MCLS」とされました。その後、英語の呼び名として、「Kawasaki−Disease」が定着し、今では「川崎病」と呼ばれるようになりました。

 研究班の第1回調査後、同様の病態で、突然死をするお子さんがいることが報告され、調べてみると、冠動脈の血栓閉塞など、心臓血管障害があることが分かり、研究班も騒然となったそうです。当時は、今、川崎病では必須の超音波断層心エコー検査(冠動脈瘤を非侵襲的に簡単に調べる方法)も開発されておらず、心炎が疑わしい場合は、冠動脈造影検査で確認をしていたようです(といっても、初期の頃は、今のように選択的に冠動脈に造影剤を入れて行うものではなく、大動脈に造影剤を入れて、見るもので、きわめて不鮮明なものだったそうです)。
 ですから、研究班が出来る以前で、川崎病の診断がつかず、他の疾患名で診断を受け、もしかしたら冠動脈瘤後遺症を残したにもかかわらず、内膜肥厚による狭窄性病変(もしくは動脈硬化性の病変?)などがすぐには出現せず、全く自覚症状がないまま、過ごしてこられた方もおられるようです。

 あなたの場合も、もしかしたら、川崎病であったのかもしれませんが、下記の理由などから、今では確定診断をつけることは、甚だ困難なようです。

 また、たとえ、診断名がついていても、冠動脈後遺症の詳しい検査(心エコー検査や冠動脈造影検査)を受けていない時代の方もおられ(当時約2〜3割の方には冠動脈後遺症が残ると言われていた)、一部の方には冠動脈瘤が残っていることを、本人はご存じなく過ごされている可能性がある方(その後検査を受けておられる場合もありますが)もおられ、その年代の方たちもすでに30歳を超えておられますので、動脈硬化も相俟って予後が心配です。

 これらのことから、川崎先生の症例や診断基準で川崎病と確定診断がついた、最年長者の方でも、発症好発年齢(0〜4歳)を考慮すると、今、現在は50歳前後と思われます。ただ、川崎病は非常にまれですが年長者にも発症が見られ、20歳を超えた成人例も報告されています。特異な例では43歳11ヶ月という発症も報告されておりますので、これも確かなことは言えません。

 数年前、川崎先生らが、国内の川崎病発祥の歴史を調べる調査をされました。医学上の文献検索(国内小児科雑誌など)では昭和28年(昭和27年発症)に、川崎病の診断基準を満たす、「フェール氏病」と報告された、1例が見られたとの事です。また昭和4年に「猩紅熱様発疹性熱性病」として泉先生らによって報告された5症例(後の泉熱)の中に、1例、川崎病の診断基準を満たすものがあったとのことですが、全体的な臨床像が違っていたとの事で、文献上では、この昭和28年報告が最も古いのではとされています。
 又、東京大学病院小児科の古いカルテを検索したところ、昭和15年〜40年では、川崎病の診断基準を満たすものは10例あり、そのうち最も古い症例は、昭和25年のものであったそうです。さらに古いカルテを調べたところ、川崎病の診断基準をみたすものは、昭和5年に3例ほか、数例見つかったとの事ですが、これも、記載内容は、川崎病の典型的な臨床症状とは異なっていたとの事です。
川崎先生はその著書で、自分が別の疾患として世に出すまでには、さまざまな抵抗があったと述べておられます。それまでは「眼皮膚粘膜症候群」と診断されたり「猩紅熱の不全型」「スチーブンス・ジョンソン症候群」「スティルス氏病」との診断名もあったようです。

 しかし、近年、川崎病の研究会でも、比較的年齢の高い方で、川崎病後遺症かもしれないと思われる、冠動脈瘤を残した方の症例が発表されています。最近でも、58歳男性や70歳女性の症例が報告されていました。ただ、今となっては、臨床上、川崎病の確定診断はつけにくいと思われますし(記載や記憶による臨床症状のみでは難しい)、成人血管炎としての冠動脈瘤の形成は川崎病のみで起こるわけではないようですので(動脈硬化やその他の疾患でも冠動脈瘤の形成は見られるそうです)、病理学上も確定診断をすることは、大変難しいようです。

 あなたの場合も、泉熱(川崎病?)発病当時の症状が川崎病の診断基準(主要6症状)を満たすかどうかが分かりませんが(ご本人はご記憶がほとんどないと思われますので)、川崎病様の冠動脈瘤を残された(ただ、川崎病であれば、ほとんどが急性期=発病時、動脈硬化性のものであれば、その後年余を経ての違いがあるとは思いますが)貴重な例と思われますので、よろしかったら、日本川崎病研究センターの川崎先生にご連絡を取られたらいかがでしょうか?川崎病原因究明の一助になるかもしれません。川崎先生は、80歳を越えられた今も、非常にお元気で、川崎病の原因究明に必死に取り組んでおられます。
 日本川崎病研究センターの連絡先(その他HPや病院名、連絡先などを勝手に記載すること)は、ここで記載することは出来ないルールとなっているようですので、お手数ですが検索にてお調べください。お体、大切にしてください。