川崎病って何?

 川崎病?喘息発作の起こる病気だと思われる方はいませんか?神奈川県川崎市の公害病ではありません。1967年に当時東京渋谷区の日赤中央病院(現在の日赤医療センター)小児科の川崎富作先生がこの病気を発表しました。今日、川崎病(KAWASAKI DISEASE)として世界共通の病名で呼ばれ、全世界の乳幼児を襲っており、いまだその原因は不明です。     

 川崎病は高熱が続き、両目が赤く充血し(目やには出ない)、唇が真っ赤になり、舌がイチゴ状に赤くなり、喉の粘膜も赤く腫れ、手足や体に大小さまざまな形の発疹が出、首のリンパが腫れて痛がり、手足が硬く腫れ、手のひらや足の裏が全体に赤くなります。熱が下がる頃、指先の皮がむける等の症状が特徴的です。ただし、こうした症状が出そろわない、いわゆる不全型の川崎病もあります。高熱のある間は非常に不機嫌で重い病気の感じがありますが、発病から2〜3週間を過ぎますと症状も軽くなり、血液検査成績も正常となり、元に戻ります。

 川崎病にかかる子どもは1歳前後をピークに4歳以下の乳幼児が多く(全体の80%以上)、男子がやや多いです。再発することが2〜3%あります。

 川崎病は全身の血管に炎症を起こす病気と考えられており、もっとも問題となるのは、心臓の筋肉に酸素や栄養を送る冠状動脈という血管に後遺症が残るかどうかという点で、全患者の約10%前後の子どもが冠状動脈障害を残してしまい、冠状動脈が拡張したり、瘤(コブ)ができてしまいます。(図参照)しかし、いったん拡張したり、瘤ができた冠状動脈も、自然に小さくなり、正常な大きさになる場合がほとんどです。非常に少ないケースではありますが、瘤の中で血液の固まり(血栓)ができてしまい血流を塞いだり、瘤の出入り口が狭くなり、冠状動脈が詰まってしまい、いわゆる心筋梗塞発作を起こし死亡するケースもあります。そのため、冠動脈に障害が残った場合は血液が固まらないように薬を 飲み続けなければなりません。しかし、薬を飲み続けていても、残念ながら狭くなったり、詰まってしまう場合もあります。こうした例に対してはカテールという管を入れ、風船を膨らませて押しひろげたり、血管の内側の肥厚している膜を削る治療も試みられており、また、外科的治療としてバイパス手術を施行する場合もあります。




 川崎病が発表されてから30余年。かかった子どもが将来どのような経過をたどるかは、まだまだわかってはおりません。川崎病にかかり冠状動脈に後遺症が残ってしまった子どもはもちろんのこと、たとえ後遺症がないと言われた場合でも定期的な検査を受けることが大切です。また川崎病では心臓以外にも全身のいろいろなところに炎症が起きて多彩な症状を示します。例えば髄膜炎、関節炎、胆のう炎などです。これらの炎症は発病2〜3週間で自然に治り後遺症を残すことはまれです。川崎病の急性期の治療はガンマグロブリンの大量療法が主流になっております。しかし、そのガンマグロブリン療法を行なっても、解熱せず、炎症反応が続く例があり、そうして症例に対してどのような治療をすればいいのかが問題になっており、結論はでておりません。

 現時点における川崎病の最大の問題は、急性期に冠動脈が腫れたのか、腫れなかったのか、腫れた場合はどのくらい腫れたのかということです。 また、罹患した子どもさんが将来、動脈硬化の年齢に達した場合、影響がでるのではないかと危惧されております。今後にどのような影響を及ぼすかは解明されておりません。

そこで、川崎病に罹患した時の記録を残しておこうという主旨で「川崎病急性期カード」が出来ております。主治医の先生に記入してもらい、将来のため保管しておきましょう。カードについての申込や不明な点は親の会にお問い合わせください。




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